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■えびすレポート2004.No3(平成16年3月〜平成16年4月
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■瀬島龍三先生にお会いして(16.4.7)
今日の午後、綿貫先生に同行いただいて、瀬島先生にご挨拶をしにいきました。
92歳というご高齢なのに大変お元気で、ホテルの一室で充分にお話を伺う事が出来ました。
今度の参議院選に出馬のパンフレットも持参したら、今までのいろんな政治の事、富山県の事などを話して下さいました。砺波中学時代の国語の砺波市の河合先生の話や、私の叔父さんの話もされ、「早く亡くなられたネ。憶えているよ。」と言われました。何と記憶の良い人なのだろうと思いました。
更に、「ケーブルテレビはうまく行っていて良かったネ。ご苦労があったろうけどもう安心だ。」と言われ、岡部前砺波市長と、瀬島先生が伊藤忠商事の顧問か副会長の時に、保証料の値下げ交渉に行き、お世話になった事をキチンと憶えておられました。
「河合君、君は選挙で何を訴えるかネ?」と言われ、「『地方中心にものを考え、地方の発展があって国の発展があり、更にその上に外国からの信頼があって、日本の発展がある』事を基本にして、知事、市町村長のやりたいと思って居られる事を応援するのが仕事ではないかと思うと言ってきたし、これからもそうしたい。」と申し上げたら、もう一寸具体的に言う必要があるのではないかと言われました。
「例えば年金ですか?」と言ったら、「いや、高齢化社会への対応として介護制度の事などはこれから地方自治体にとって大きな課題ではないかネ。費用も含めてこのことはなかなかナァー・・・。」
「在宅介護の重要性は判りますが、まだ施設は地方では要るのではないでしょうか。デイサービスからショートステイ、それを家族が体験すると、いずれは『やはり中間施設や特養へ』ということにどうしてもなりがちではないでしょうか。」「期間のことはいろいろ考えねばなりませんね。」
更に、独立行政法人になった大学の事、物造りの事、富山県の産業構造に合わせて大変なご高見を賜りました。
ありがたい一日だったと思いました。
帰りに飛行機の時間まで少し間があり、県連会長の長勢先生の国会事務所へ寄り、先生や大堀秘書にお会いしてあいさつして帰富しました。
■合併調印式(16.4.3)
昨日、砺波市と庄川町の合併調印式が砺波市役所3階ホールで行われた。そして今日、午後2時から南砺8町村の合併調印式が行われた。それぞれ、来賓または合併協議会顧問として出席させていただいた。
南砺市の調印式には、来賓の副知事、綿貫代議士の次に、北島、山邊氏と共につとめた顧問の代表として祝辞を申し上げる機会があった。
協議会の積み重ねの重さ、平成13年からのこの枠組みにいたるまでの経緯など、いろいろ感ずる所があるが、次のように申し上げた。
・ 盛大に合併協議会調印式が行われておめでとうございます。
・ ここに至るまでには、各々のご苦労と、お互いへの思いやりがあったから今日の姿になったものです。
・ 「合併」そのものは住民にとって「目的」ではなく「仕組み」「方法」であります。
・ 住民が最大公約数で一人ひとり幸せになり、心も物も豊かになり、より安全で安心な生活が、意義ある人生が毎日が過ごせるようにするのが「目的」なので、その目的達成のために、どんな行政の仕組みが一番いいのかを考え、実行するのが政治です。
今日の日常の住民の行動範囲。情報の入り方。交通機関の状況。文化・スポーツ レベルの満足度。治療・奉仕活動の深さと拡がり。 こんな事を考えると、60年70年に一度の改革を大変な努力をされて、今日を迎
えられたことに心から敬意を表します。
・ この議論は、協議会だけでなく、各市町村の議会、自治会、自治振興会でも行われ、今日の集大成を見ました。
・ 私達も一定の角度、立場から協力させていただきました。この幸せを感じております。
・ この8町村の合併の長所は、この土地のエリアに、
A) 有形無形の伝統的文化財が多いこと。
B) 空気がきれいで、緑や山があること。
C) 心が通い合っていること。 D) 信仰心が篤いこと。
E) 職人の技、精神が色濃く残っていること。 などが挙げられますが、何よりも、8人の町村長、8つの議会が、従来からの各々の努力で持っている綿貫先生を始めとする国などからの情報ルート、国・各自治体間とのネットワーク、人とのつながりが断然他よりも多いということにあります。
今後これらを充分生かして、新しい市づくりをすることが大切であります。
・ そして、伝統的な地域の精神的な良さを各分野でしっかり育てるとすれば、素晴らしい市になる可能性を持っていると信じます。
・ 心からおめでとうございました。
■3月議会を終えて(16.3.23)
今日、2月27日から始まった予算定例会も終わりました。
北島議長、四方副議長の辞表提出があり、投票の結果、上田信雅議長、仲外喜雄副議長が新たに誕生しました。たまたま上田信雅氏の他に上田英俊議員も居るので、投票用紙には「上田」とだけ書くと票数の按分ではなく、無効になるので普通の選挙と違うということを、説明を受けて初めて知りました。
同じ選挙でも公選法の投票と違うのだナと皆で改めて確認した次第。
この議会は知事が病気で何となく知事を気遣う雰囲気が議会に出ていて、しかも心労からか副知事の大永さんも少しやせて痛ましい感じがして、あまり元気が出ない(一人だけ野党の人はいたけれど)感じで終始した議会でした。
そして、補助金のカット、交付税のカット、財源委譲が充分ではない平成16年から三年で行う「三位一体」の経過の初年度なので、昨年の計算より255億円の一般財源の少ない予算案ですから、非常にシビアな雰囲気が漂っていたからかもしれません。
歳出のメリハリをどのようにつけるか、新幹線対応を如何にするか、課題もありました。新幹線、高速道路、港の将来の姿を予想したグランドデザインを県が描くのか、市が描くのか、この主体は何処かなど、もっと県と当該市との連携が要るのだと思いました。
この議会中、29年間の議会生活を振りかえり、沢山の先輩方にお世話になりご指導いただいたことを想い出しました。
高平先生の事、玉生先生の事、高野先生の事、鹿熊先生の事、上銘、島田、川田、松村、筱岡六郎先生の事、その一つひとつを書いたら切がない程で、3月17日の福野町でのライオンズクラブのゲストスピーカーをした時、一部を話したら、一寸自分で感無量になったものでした。
こんな先輩方からいただいた無形の財産を糧にしてこの7月の参議院選は頑張らねばならんと思いました。
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