■えびすレポートNo.11(平成15年2月〜平成15年11月 )
◆ノーベル賞の田中耕一氏の名誉県民賞贈呈式について (H15.3.2 )
昨年12月10日ストックホルムでノーベル賞をお受けになった田中耕一さんに、 県議会は昨年12月議会で 「名誉県民賞」 の贈呈を決めました。
いままで名誉県民賞の条例がなく、 急遽そのための条例を制定したのが本音。
この贈呈式が富山市の名誉市民賞と共同で3月2日 (日) 午前11時から全日空ホテルで開催されて出席しました。
その時のパーティ会場で、 北経連会長で名誉県民賞選考委員長をつとめられた山田圭蔵氏のあいさつ、 富山商工会議所会頭八嶋健三氏のあいさつ、 長勢代議士の乾杯のあいさつは、 それぞれ意味のある内容で、 非常に勉強になり、 田中氏の人柄もあり楽しいパーティでした。
実はこの日のこの時刻は、 城端町の社会教育大会が開催されている同時間帯でしたが、 このあいさつを聞いたらこのパーティに出ていた甲斐もあったと思いました。
山田氏は、 「田中さんは富山で育ち、 父親の働く後姿を見て育った。 コツコツと積み上げる継続する努力の大切さ、 富山県人の良さ、 謙虚さ、 誠実さなどの、 富山県人の特徴を全国に、 いや世界に発信された。 今まで富山県人の良さをこれ程世界に印象づけた人はいない。 人柄に誇りを持っている。 満場一致、 全員賛成で推挙した。」 と言われました。
八嶋氏は、 「私は 『元気とやま』 の発信のため、 観光連盟会長として、 利家とまつ、 成政とはる、 を如何に利用するか。 更に、 『釣りバカ日誌13』 でブリを釣り上げてもらうとか、 いろいろ努力してきたが、 この年末に来て一気に田中さんのお陰で 『元気とやま』 が発信できて、 私達の努力などは吹っ飛んだ。 (笑い。) 大変な名誉で私達もうれしい。」
長勢先生は、 「田中さんの話の内には、 家族、 両親、 地域の事の話が良く出てくる。 この事は、 今、 日本で壊れようとしている家庭・家族の絆の重さとか、 家族・地域の大切さをみんなにいつの間にか再認識させることになったと思う。 言葉に、 真面目、 謙虚な人柄がにじみ出ていてうれしい。 言葉の乱れは、 心の乱れ、 心の乱れは国の乱れにつながる。 この事を考えると田中さんの受賞は一層喜ばしい事である。」
と言う挨拶でした。
● 平成15年3月議会(H15.3.18)
今日、 現メンバー県議での四年間最後の議会が終わった。
この議会限りで引退する人が10人も居られて大幅な交代がある事になる。 この人数は従来にもない大きさなので、 いつもより変革を表している事なのだろうか、 と思う。
引退する人の県議場での最後の発言、 質問が相次ぎ、 それぞれの人柄が出て印象深い議会になった。
今期限りで引退する同期の渡辺県議は本会議場での一般質問の締めくくりをされた。 交通問題一本に絞っての、 渡辺氏ならではの質問だった。 長い28年間、 ずっと一緒に隣同士で、 終りの頃は渡辺会長、 河合幹事長のコンビで党運営をした仲だったので、 感慨深く、 少し淋しい気持ちでこの質問戦を聞いた。
私は最大会派の自民党議員会の古参として、 四年間の議会の最後の予算委員会、 最終日の最後の出番で締めくくりさせていただいた。
私の質問の中味は、 視点を県の4、 5年後に置いた具体的な質問をした。
平成11年に始まった公債費負担適正化計画を続けるのか、 見直すのかについて。
平成12年から取り組んだ職員の定員適正化計画 (5年間で5%の職員を減らす計画) 実施の見込みは見えたが、 更に続けるのか。
国の米政策の転換に伴う意識の変化と、 市町村合併による土地改良事業の重要性と役割の認識について。
合併する市町村の地域の特徴を維持する為にも、 伝統的文化・芸能の振興を図る事について。
の4点。
限られた60分間での一問一答方式なので、 盛りだくさんで、 4点に絞りそれぞれやり取りがあるので、 計15問の質問になっただろうか。
本当はもう一つ、 平成14年度にスタートした政策評価制度の今後の運用とそのコストの見方について質問したかったが、 次に廻すことにした。
具体的な中身は議事録による事とし、 いつか別紙にしますのでご一読ください。
● 県議会議員選挙(H15.4.6)
一昨日、 8度目の県議選に出馬し、 無投票当選させていただきました。
1月にパンフレット (討議資料) と自由民主新聞の号外の原稿を書き、 2月初めに推敲して印刷のあと、 皆に配布してもらい、 事務所や後援会の打ち合わせなども沢山の人のお世話になって、 4日の告示日を迎えました。
4日の朝は家を出てから、 7時30分に敬神会長をしている不吹堂級長戸辺神社へ息子と二人で必勝祈願に行き、 8時には後援会連合会長の岩田町長、 大西選対本部長、 家内、 ウグイス嬢の皆さんたちと城端神明宮で必勝祈願をして決意新たに、 出陣式に臨みました。
3月24日の 「励ます会」 を開催していただいた時の綿貫先生のメッセージや、 町村長、 後援会長の激励の言葉、 出陣式の時に今度も東京から態々駆けつけて下さった参議院議員久世公尭先生の話を横で聞いていて、 この28年間いろいろな事があったなぁと思い、 特に昭和49年10月から11月の初出馬決意の事を振り返ると胸にこみ上げてくるものがありました。
今は亡き先輩の上銘先生、 川田先生、 島田先生、 そして松村先生、 岡部先生などからいろいろな所でご指導を受け、 それぞれ息子や弟のように可愛がっていただいた事。 綿貫先生を初めとする県内や北陸三県の国会議員の先生方との事。 その他に、 中川一郎先生との事。 加藤紘一先生との事。 中沖知事は勿論中田知事との事。 あんな事もこんな事もあったなぁと、 その時の事が走馬燈のように一瞬頭の内を巡りました。
地元の故人で特に、 山田伊作先生、 天冨町長、 田嶋町長、 山下正友氏、 北川一雄氏、 篠原孝二氏、 山下与作氏、 山下宗八氏、 永井正光氏、 谷口正一氏、 木村健吉氏、 松嶋直重氏、 30年、 25年前の城端町政や有力団体に関わって居られた方々のお世話も胸にずしりと重い熱いものがありました。
庄川町での事、 井口村、 井波町、 福野町での事、 上平村、 平村での出会いと付き合い、 利賀村での出来事。 本当に有難い思いやりと期待のこもった励ましの事ばかりでした。
初回の選挙の時は、 父が工面して来た選挙資金では足りず、 選対幹部の皆様がいろいろ苦労された事を陰ながら知っています。 募金をしていただいた様子ですし、 町民の皆様がみんなで心配して下さった証拠に、 僕の所へ激励の手紙の内に千円札や5千円札をはさんで匿名で送っていただいた方のあった事をしっかりと憶えています。
今年の1月2日、 綿貫先生のお宅で話を伺った時、 幸田露伴の 「努力論」 (人生報われる生き方) の解説をした渡部昇一著を読むと良いと言われて、 本を探し読んでみました。
いろいろな指導を受け、 初心不忘、 則天去私で山村振興と過疎対策を柱に頑張らねばならんと思いました。
郡内一巡して、 午後5時に無投票当選が決定した時は、 特に責任の重大さと、 荷の重さを感じました。 それはこの1年の内に、 参議員選地方区の候補者の決定、 衆議院選、 特に比例区の順位の事、 高岡市長選、 市町村合併による市長・市議選、 そして知事選。 行政の仕組みの変革、 政策の転換の他に、 政治に携わる人の出所進退に関する事が予想されるからです。
それだけに、 一層、 謙虚に、 誠実に、 勇気を持って判断し、 努力し、 皆様からのご恩に報いたいと存じます。
● 地方統一選後半戦(H15.4.22)
今日、 地方統一選挙の後半戦、 町村長・町村議会の告示日。 快晴。
8時に家を出て町村長の出陣式に出来るだけ間に合うように行動する。
庄川町長の出陣式の所で、 安念砺波市長と会う。
安念市長から 「いろいろと申し訳ない事も言い、 済まなかった。 広域圏やTSTの事もあり、 何卒宜しくお願いしたい。」 との話があった。
私は 「いや、 私達の方もキカン事を言って済みませんでした。 28日の午後3時の会合には出席しますから。 今後も宜しく。」 と言いながら握手をした。 上田、 山辺両県議はニヤニヤしながらこの光景を見ていた様子。 これは出陣式に集まっていた庄川町民にどう映っただろうか。
上平村、 井波町の議会はこの選挙に合わせて議員の定数を各々削減した。
その影響もあってか、 利賀村、 平村、 井口村は無投票だったが、 一転、 両町村議会は激戦になった。 これから忙しい日が続く。
● 役員改選(H15.4.28)
県議会の組織の作り方は、
1. 各党代表者会議で、 次の事項などを決める事から始める。
議長、 副議長の選出方法。
常任委員会の構成人員数と、 委員長・副委員長の各党への割当て数の決定。
監査委員と特別委員会を作るかどうかの話合い。
2. 同時並行で、 党内の人事、 特に組織・党としての意志表示の骨格、 提案、 原案提示をする機能を有する執行部を作る話合いを進める。
この事を順序に従い、 手抜きする事なく、 くどい程念を入れながら進める事が肝要なのである。
もし、 この事をひとつひとつ書けば、 非常に長くなり繁雑になるので記述は省略するが、 手順を省いたり、 飛び越えたりすると、 後で組織のたがが揺らぐ事になる。
二年前の役員改選の時に、 会長、 幹事長、 総務会長、 政調会長の留任はしない事を決めていただけに、 今度の当選者の顔ぶれでは、 一寸揉めるナと思った。
17日の当選証書付与式後の打合せ、 21日の期別幹事会、 議員総会で、 党内人事の骨格の了承を取り付ける事が出来たので、 一気に精力的に話合いを断続的に進めて、 後日に持ち込ませず、 人事をほぼ終了した。
過去の経験から見ても、 今度の人事のスピードは速かったと思う。
この事は、 議員間にもマスコミにも、 瑞摩憶測、 疑心暗鬼を呼ばなかった事になり、 良かったと思う。
今度の任期二年間の内には、 総選挙、 参院選、 知事選、 合併市の市長、 市議選があり、 県政の人事、 枠組みが変わるほどの大変な事があるという認識が殆んどの自民党議員の間にあった事が、 この結果になったのでなかろうか。
議員会長として、 特に 「則天去私」 で誤りなきように諸事を進めねばならないと思う。
● 改選後、 初めての6月定例会を終えて(H15.6.27)
今日、 6月県議会が終了した。
副知事、 出納長の再任を了承可決した。 私の知る限りでは二人揃って再任はあまり無いのではなかろうか。
大永、 澤合両氏のご健勝とご活躍を祈りたい。
新人が一般質問に交互に出場し、 新幹線、 高速道路、 教育、 少子化、 介護保険、 市町村合併、 観光、 雇用、 安全の事など、 いろいろな角度から質問された。 新しい活気、 新鮮な空気が議会に出たと感じられた。
私は、 総務企画委員会の所属になったので、 今期二回の常任委員会で、 まず 「選挙の投票率について」 引き続いている投票率の低下傾向は、 政治に関心を持ってもらえない事につながり、 民主主義の発展の為には良くない。 何か工夫をすべきではないか。 投票締め切り時間が8時になったのは効果があったのか。 不在者投票は効果があったのか。 投票所の事、 開票所の事も考えるべきではないか、 と。
次に 「政策評価制度について」。 これは、 昨年から始まったシステムで、 昨年一年間で、 廃止・変更・縮小になった事業で約6億7千万円が捻出され、 今年度、 財政がない、 金がないと言いながら、 新しい事業がいくつも顔を出している。 しかし、 このシステムは 「会計検査」 と同じで、 やりすぎると本来の県庁の仕事が止まってしまう、 評価システム自体は直接県民向けの仕事でないから、 バランス感覚が要ると思うが如何か。 ワサビのない刺身、 コショウのないラーメンはうまくないが、 過ぎたるは及ばざるが如しの諺もあるという主旨の質問をした。
さらに、 地方財政改革、 いわゆる三位一体の改革で、 交付税制度の堅持と、 配分の方法の内でも 「留保財源率」 と 「補正係数」 の心配を発言した。 これは今後、 国の出方を更に注視し、 場合によっては行動を起さねばならない事ではないかと今から心配です。
今、 6月議会中に、 三協アルミの創立者竹平政太郎氏が亡くなられました。 いろいろな事でお世話になりましたし、 県公安委員長の時は毎回議会に出席されていたので、 淋しい限りです。 私が昭和50年最初に県議選に出馬時、 激励され、 応援して下さった事、 綿貫先生の後援会長で頑張って下さった時の事、 衆議院選挙の最中に自宅へお伺いし、 状況の説明をしたら更に激励された事、 沖先生の選挙の時の事、 トナミロイヤルゴルフ倶楽部を作る時に相談とお願いに会社に行ったらすぐ賛成し、 快諾された事。 いろいろな想い出があります。 ご冥福をお祈りいたします。
明日は、 いよいよTST (株) とトナミロイヤルゴルフ (株) の株主総会です。
● 中尾哲雄氏の藍綬褒章授章祝賀会で(H15.7.24)
・この春の叙勲で中尾哲雄インテック社長が褒章を受けられた。
・その祝賀会が第一ホテルであり、 ご案内をいただいたので出席した。
・県議会からは富山市内の人と米原、 高平氏と小生だけだったけれど、 会場には政界、 経済界、 教育界そして文化人がキラ星の如く集まって来て居られて驚いた。
・僕と同じ年だけれど、 これ程の広い活動範囲のあった人なのかとあらためて、 中尾 哲雄氏の魅力に触れた気がした。
・中尾の哲ちゃんはトナミロイヤルゴルフクラブにも心良く出資し、 監査役を一緒 にしていただいた。 CATV創設の時も陰に陽に協力して呉れた。 考え方の幅の広 い好漢だなと思っていた。 その他に、 もうひとつ言えば知らなかったが、 僕とよく 似た野球大好き少年だった。
・そんな事を感じた人の集いの盛り上がったパーティーだった。
● 全国国指定伝統文化財 山鉾大会に出席して(H15.8.25)
8月23日と24日、 北九州市の戸畑で、 全国山鉾大会と国指定文化財の曳山の総会があり、 城端曳山保存会から、 5人で出席した。
暑い遠い九州と思ったけれど、 サンダーバードと新幹線の乗りつぎで割合い早く着いた。
総会はどこの保存会も文化財保存の無形の部よりも有形の部分の修理の技術の保持とレベルの確保の認定に関心があるようだ。
総会後のオニギリパーティーのあと、 市内で戸畑曳山の実演があり、 幅員20の道路に車の通行を止め、 椅子を並べて特別に戸畑の祭りを再現して呉れた。 凄い意気込みだと思った。
ハッピ着て、 提灯もって、 パッチをはいて、 年輩の人やら、 若い衆、 幼稚園の子供もお父さんやお祖父ちゃんと同じいで立ちで、 ワッショイワッショイ。 これを観ると祭りはやっぱりどこのものでも血わき肉おどるなあと思った。 提灯には、 「才許」 「大監督」 「若衆監督」 「若連中大監督」 「総監督」 「助監督」 「監督代理」 と書いてあり、 大の大人がそれもって喜んで捩鉢巻きで、 飛んだり跳ねたりして、 祭りならではの雰囲気でした。
「まち」 があって 「祭り」 があるのか。 「祭り」 があって 「まち」 があるのか程の意気込みでした。
精神的にも肉体的にも疲れた。 早く寝よう。
● 県議会北陸三県野球大会(H15.8.27)
8月4日と8月20日の午前中、 野球の出来る議員が集まって練習を県営球場で行った。
暑い内でのスポーツの汗は快い。
8月27日、 今日はアルペンスタジアムで北陸三県の大会、 リーグ戦。
今まで富山は7連覇中。 8連覇を目指したが、 エースの鹿熊氏は五十肩でボールを投げられない事がわかり、 急遽、 宮本氏が登板。
よく投げて、 石川県には大勝。 福井には疲れが出て来て、 残念ながら負けた。
惜敗だったので、 この試合中、 富山の攻撃の時、 あの一振りがあれば、 あと一歩の強気があれば勝てたのにと思う。
試合の流れは難しいもので、 甲子園の富商試合のようにファウルかフェアーかの一球の判定で試合がほぼ決まる事もあるので、 仕方ないと思う。
監督という仕事の難しい所か。
● 9月議会の代表質問(H15.9.17)
・今度の9月議会からCATVで県下8局ネットワークで、 本会議が放映される事と なった。
・それはそれとして、 新しい組織になった県議の代表質問をする事になり、 政調会長、 各部会長の意見もとり入れて、 原稿を作った。
・行財政では三位一体の改革とミニ公募債の発行などと、 経営的視点を入れた公的施 設の運営について。
・冷夏対策と地域水田農業ビジョンの策定
・伝統芸能の保存、 承継、 活用について
・ヤミ金融対策・防犯・NOWPAP・中国事務所の設置、 インターネット上の情報を 児童生徒が的確に処理出来るようになる方策について
などを質問した。
・当局からは各々、 適切な答弁、 考えをいただいたと考えている。
この時は総裁選の真最中であり、 参議選の候補予定者選考で非常に多忙な中での質問なので苦労した。
● 瀬島龍三先生を迎えて(H15.11.7)
衆議選の内でいい時に綿貫先生の応援に来ると言っていただいて、 投票日の2日前、 7日夕方、 演説会に出て貰う事とした。
午後6時、 高岡の選挙事務所に立ち寄られた。
光栄な事に選対本部長をつとめる僕の事を覚えて居られて、 肩をたたいて激励をしていただいた。
その時、 皆の前で瀬島先生は 「綿貫さんは自民党の重鎮なのだから、 前回の倍の票を出して貰いたい」 と仰言った。
「先生、 そうは言われても前回は150,200票で全国7位。 前々回は182,185票で第1位ですし、 投票率95%で、 支持率98%の所もあるので、 とても倍は無理です。 前回よりは頑張っていい成績にしたいのですが」 と言うと 「じゃ99%を狙えよ」 と言われた。
真剣にあまり強く言われるので、 高岡の事務所から個人演説会に出る井波への車の内でいろいろと考えた。
俺のやり方がなまぬるかったのか、 目標の設定の仕方があまかったのか、 投票日を明後日に控えて心が高揚して来ない。
超満員の井波の会場へ入って気がついた。
綿貫先生の重鎮の重さを地元の我々は気がついていない事、 それ程に日本、 世界で大切な人になって居られる事に地元は気づいていない。 重鎮にふさわしい票を出す為にどうあるべきだったのか。 倍をとれる地区はあったのではないか。 16万票の設定は甘いのでなないか。 20万票を目標におけば、 それなりの戦略があり、 戦術を樹てれたのではないか。
やっぱり瀬島先生は日本の参謀だ。 戦略をしっかり立てたら、 自ずから戦術は出て来る筈だったのだ。
俺は甘かったナー。 今日もまた教えていただいた。
● 衆議選を終えて(H15.11.10)
10月28日からの総選挙も昨日遅く結果が出た。
綿貫民輔 (自民) 159,316票 窪田正人 (社民) 51,663票、 坂本洋史 (共産) 17,756票。
綿貫選対本部長としては、 前回の150,200票を越えた事。 窪田候補を1/3以下に押え込めた事で、 100点満点ではないが、 大旨良とした。
比例の萩山候補1位。 橘候補2位というなかの決り切った選挙なので、 マニフェスト選挙の煽りもあったが、 投票率が如何せん、 上がらなかった。
その意味では19支部の選対本部の各位によく頑張っていただいた。
綿貫先生の票は全国第三位、 自民党の内では小泉総理に次いで第二位であったのがせめてもの慰めか。
氷見の演説会では、 萩山候補が北信越比例1位の責任の重さを感じた票を出して欲しいといい続けて来た。 |