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■えびすレポート2007.No7(平成19年8月)
■参議院選総括―U―(H19.8.27) 18年前、私は消費税創設の逆風のなか、前鹿熊参議選の時、選対本部の事務長を務めさせていただきました。 あの時と今の選挙戦の様相はワイドショ−的なパフォーマンスが加味されて違うと言われていますが、一人区で3勝23敗だったので激しい戦いの基本は変わらないので、今後の為に当時の選挙戦を想い出して、特別な事を忘れないうちに書いて置きます。 @選対事務長は非常に危険な立場に立つ事もあるので、それまでの全県的な大きな選挙の事務長はバッチを付けてない民間人が務める事になっていました。中田知事さん、高平先生の時は故田中清之助さん、中沖知事さんの最初の選挙、沖先生、永田先生の最初の選挙は故開沢文治さんが事務長をつとめられて成功して来ました。 鹿熊先生の時はつとめる者が居なくて、故原谷敬吾さん(当時、北経連会長)に平成元年4月26日の朝9時に呼ばれて「河合君、君が鹿熊さんの選挙の事務長として取り仕切りをして呉れ、私が、その為の根廻しをして、君の働きやすいようにするから。頼む」と言われて、当時の故川田謹治幹事長に、この旨を話をし、開沢さんが私の下で働いていただける事を条件にして、引き受けたものでした。 A県議、皆で、消費税の勉強会を数回開いて、納得して、選挙に臨む事にしました。 B県の婦人会とタイアップして、消費税の講演会を全部で17回開催しました。その講師は故千田稔県議が見付けて来て呉れた公認会計士の本田百合子さんでした。県下全会場の講師を頼みました。 これが大きな影響と結果を持たらしたと思います。 C選挙戦前に、二十数万名の後援会名簿を集める事が出来ました。一週間毎に、支部単位で県議の議員総会に数を公表し、市町村毎に競り合せる事に成功しました。 D選挙戦に入って、直ぐ、過去8回の全国的選挙の35市町村の投票率、支持率、獲得票数の最高と最低、と平均のデーターを出して、県連会長の綿貫先生に渡しました。 先生は、このデーターを頭に入れて、且つ、非常な危機感を持って県外に一度も応援に出ずに、ずーっと県内で、35市町村支部の幹部と会って、各市町村にノルマを割り当ると共に、情勢の把握をされた。 Eその感触を基に、選挙中は全国会議員と知事と、党三役と故吉田清治県議による幹部(秘) 選対会議を夜9時から11時まで、一日おきに場所をかえて開催して、各市町村の分析と対策とその報告を積重ねたものでした。 Fその結果、投票前日には、富山市と高岡市を除いて4万票開いて勝てるから、当日は僅差で勝つと思いました。 実際は3万7000票差で勝利しました。 選対本部の事務所には毎日必ず顔を出しながら、全県下を渡り歩いて、情況を把握し、指示を出された総括責任者の綿貫県連会長の行動はすごかったと思っています。 朝日町地元の選対の意気込みと対応もすばらしいものがあったといまでも感服しています。 大激戦の選対本部は、僕も候補者として町議選、県議選、参議院選の12回の選挙のうち大激戦を四回経験して、幹部に凄いお世話になっていますが、本当に酷い、ご苦労なものだと思っています。 ■参議院選総括(H19.8.25) |
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