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■えびすレポート2007.No6(平成19年7月)
■参議選を終えて(H19.7.31)
こんな選挙結果があったのだろうか。戦いの前に誰が予想したろうか。負けたら、あれもしておけば良かったとか。あそこで油断したとか。あの状況判断が甘かったとか。幾つも気の付く事があると言われているけれど、それも明確に判らず本当に、酷い事になった。
富山地方区も全国比例区も大変な結果になった。
もともと、地域格差のボディーブローを受けて、年金のアッパーカットを食らってスタートした選挙だったけれど、富山では野上陣営は何とかなると踏んでいたのだが、本人や、陣営の内容よりも党本部のいろいろなエラーが次々と出て来て、とうとう自滅したような格好になった。
野球に例えれば相手のヒットで負けたのでなしに、逆風の内にポテンヒットも打たれずに、イレギュラーバウンドを捕りそこねて、エラーしているうちに、試合が終わり、自分の責任、陣営内の責任が明確でないままに時間が経った気がする。
誰の、どこの責任なのだろうか。全国比例区を見ても自民党は皆、予想外の低い得票なので、本当に驚く。
県内の比例の陣営の目論みも、いつもの努力以上をしてみても、読み違えたのは、東京からの逆風と無言の地域格差の抵抗でなかろうか。
あの候補者が県内であれだけ頑張ってもあの数字しか出なかったのは不思議だなあ。残念だなあとしか言いようがない。
この不満はどこで仕末出来るのだろうかと支持者は考えているのでなかろうか。
けじめのつけ方はこれでいいのだろうか。
ボディブローのきいた地域格差の事を言えば、佐藤信秋さんの「安全な美しいふるさと作り」という本の内に、明治22年富山、石川、福井の国税(内地租2/3)は321万円東京154万円。当時東海道の鉄道建設完成の頃、港湾の建設の最中で、日本の近代化に向けて走り出したという事が書いてあった。その出典を調べたら、新潟大教授の古厩忠夫著「裏日本」岩波新書で10年前に出版された事が判った。最近の税収と比較すると(H17年国税庁統計年報)国税総額で、北陸三県8340億円、東京都は19兆9707億円で実に約24倍、120年前との時系列で見ると本当に驚くばかりのすごい伸率の差があり、当時の鉄道は地方負担なし、今の新幹線は地元1/3負担(交付税措置内約45%)と比較すると、この仕組みを地方はどう感じるか。言わずもがなの事を東京や他の大都市在住の大企業経営者、評論家は昔の日本海側の100年前の貢献を当然の事と思って居られるのかと言いたくなる。
然し、ひがみでなく、物の見方、考え方で、経済成長効率化だけが価値あるのか、真の豊かさなのかと問い直し、追求し直す道が、地方、田舎にはなくてはならないし、要るのでなかろうか。
今、基幹的農業従事者は230万人。その半分以上は65歳以上。64歳から40歳まで96万人。40歳未満は12万人と言われている。全国の農業集落13万集落。1集落30fとすれば現実に田舎では65歳は高齢者と言っては居れないし、元気な65歳以上の方が中山間地に沢山おられる事を考えると、「人間の幸せ」とか「高齢者はこんなものだ」と都市部で当然と思われている事に、眼に唾つけて見てみる事も要るのでなかろうか。
そこを考えないと日本の田舎地方の将来は淋しいものになると思う。我々は単純に財政格差、所得格差、豊かさ格差が「幸せ格差」であると思い違いをしてはならないのではなかろうか。そこまで言及し、説明出来なかった所に敗因の一つがあるのかも知れない。
■参議選開始二日前の夜(H19.7.11)
昨日、平成19年7月10日夜午後10時30分、綿貫先生から電話があった。その直前、井波町の北田自民党支部長から『困った。明日綿貫先生が地方区では野上氏の相手候補を国民新党として推薦するらしい。何かと止める方法がないか』との電話があった。
『そんな事。ある訳なかろうがい。だけどあの先生は決めたら変わらんぞ』『弱ったな』と話をした所だった。
『先生、あんまり一生懸命やって貰わないようにお願いします。』『君は自民党だから、野上君をやれよ。仕方ないがナ。三十数年間、兄弟のようにやって来たけど、選挙というものは、兄弟でもけんかするようにして戦う事があるものだからしっかりやれよ。』『困ったな。今、井波の北田氏や、清都氏も集って、どうすると相談しとる所だそうだ』『相談して貰っても、どうにもならんよ。明日テレビで党首討論だから、立場を明確にしないと、鉾先が鈍ってはだめだ』『そう言われたら、そうだけど』『今の自民党のやり方は、市場主義、競争主義、強い者だけが勝ち、都市だけが良くなり、地方がますます疲弊して駄目になるよ。小泉、竹中の方針をまだ踏襲していて、いかん。“ぶれない、こびない、おごらない”で行くよ。』『富山へ来ないで、全国を巡っていて下さい。何卒よろしくお願いします。』
困ったなあ。北田氏にTELする。
『貴方の方で、清都前町長と相談して、トナミ運輸の南会長か、三協立山ホールディングスの川村社長に話してみる方法がないか。俺はこれから青木参議院議員会長を探して相談して見るから。』
11時になったナ。青木先生は出雲か、事務所か、自宅か、東京か、何せ、探そう。選挙だから遅くなっても許して貰えるだろう。
良かった。とうとうつかまえた。『綿貫先生が富山地方区で相手方を推薦する態度表明を明確にすると言われて、地元では困っている。先生何か知恵はありませんか』『とうとう来たか。やっぱり仕方なかったか。あの人には一旦決めたら梃子でも動かん所があるからナ。郵政の時と同じだナ。いろんな人に頼んでも、あー言った、こうでもないと、話をしなけりゃならなくなるし、沢山の附き合いの深い方々に迷惑になるだけだから、そっとしてあげて、河合君、君が、野上君を一生懸命応援してやって呉れたら良いのでないか。綿貫先生にもそれは判って貰えると思うよ』『わかりました。じゃ、このままにして走るか』『そうだな、何かあったら、また相談にのるよ。』『宜しくお願いします。』
結局、その旨を、北田氏に話して、自分の決断の仕方をどう表現するかいろいろ考えた。
18年間、自民党県連の会長として、昭和57年7月から、平成12年7月まで衆議院議長をされるまで、足かけ19年にわたり、県政発展の為に努力されたのに、大変な事になったなあ。
この間の功績を知る人は現職の中には少なくなったかも知れんと思った。なかなか寝つかれない。
中沖知事の出馬の時の本人の決意の仕方。吉田実参議院議員死去に伴う、沖先生の出馬と選挙、その沖先生の後の永田先生の出馬。消費税の逆風の中の鹿熊先生の参議選出馬と選挙の総指揮。自民党が下野の時の県連の自由民主会館の建設と不足金の個人借入れ。住・長勢先生のすみ分けとその選挙。綿貫、萩山、橘三人の第三選挙区支部の作り方と三人の立候補とお二人の比例の高順位置の確保。住先生死去に伴う、宮腰先生の衆議院補選での陣頭指揮。新幹線建設にかかわる瀬島先生との打合せ。瑞龍寺文化財の指定と改修。県内各地のインフラ整備の事、綿貫先生が自分で身体をかけて築き上げられた功績は数え上げたら切りがない。
僕は県連政調会長6年3ヶ月、総務会長1年9ヶ月、そして議長、その後の幹事長6年、と殆んど先生とともに、県連の執行部役員を務めさせていただいたので、その指導の下での恩義を感じると、今度の参議選は袂を分つだけに、郵政民営化の時も辛かったけれど、今の方が酷い。
仁義、恩義、信義、感謝をどう表現するか。ひどいなあ。
僕の町議選出馬以来、先生の衆議選初挑戦以来、四十数年、五十年近いご指導と恩情この感情をどう扱うか、どう仕末するか。弱った。 |