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■えびすレポート2007.No5(平成19年6月〜7月)
■大臣規範に抵触の騒動(H19.7.4) 昨年9月総務大臣政務官に就任の際、大臣規範にのっとり、各営利企業等の役職員を辞任するようにと通知があった。営利企業以外の名誉的職(ポスト)についても辞任し、もし万一都合で辞任出来なければ、実質的任務を行なう代行者をつけて名誉的な名前だけのポストなら止むを得ないものとし、大臣に届け出るようにとの話があった。 当時、6月にTST鰍フ社長を株主総会で辞めていたし、7月に傘下のTSTテクノ鰍煢長職を辞めていたので、あとは富山県信用組合理事と、桜ケ池土地改良区理事長と、県土地改良事業団体連合会会長理事と社団法人富山県猟友会会長の職などだなあと思っていた。 それよりもよく考えてみると県のスキー連盟、クレー射撃協会の会長、県ソフトボール、県軟式野球連盟、寿野球同好会、県手をつなぐ育成会、富山県太鼓協会、富山県退職公務員連盟、ボーイスカウト富山県連盟、曳山保存会、神明社敬神会、級長戸辺神社敬神会、城端別院文化財護持の会など一寸思いつくだけでも沢山の関係する団体があり、30数枚の辞職願いを出す事になった。 当然、有限会社河合呉服店については長男が三年前から社長になっていたし、昨年は平の取締役だったので、それを9月から無報酬にしたから当然辞めたものと思い込んでいた。 急に新聞社から(有限会社)河合呉服店の取締役が登記上残っていると指摘されて驚いて、取消しの登記をして貰った。 7月2日の朝日の夕刊にはじまり、各紙の取材に会い、一騒動。 一応他の役職、ポストは辞職、辞任、会長代行を立てていたのでウッカリミスを理解していただいて、昨日、大臣に直接ご迷惑とご心配をかけたお詫びをして一件落着か。 今度の事はなりわいの河合呉服店の取締役さえ兼職の禁止に合うのだから、他の本業以外の 県議の時からの立場 で ついて来たポストは当然の事として、注意して いてそこに重点的に気が向いていたから こんな事になったかナ、とも今になって反省している。 いろいろと気を付けねばならないものだなあとあらためて痛感した。 ■会期末国会―そのU―(H19.6.30) 今、6月30日午前1時45分。 つい今程、日本年金機構法案、国民年金事業等の運営の改善のための国民年金法等の一部を改正する法律案、厚生年金保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律案が、ようやく記名投票で可決した。 そのあと、 国家公務員法の改正案が提出されるが、内閣委員会での審議は採決されていないので、委員長に中間報告を求める動議が提出され、その動議を取り扱うか否かの採決が記名で行われ可決。 中間報告を求める事に反対の討議があり、中間報告を求める動議が記名で採決されて可決。 委員長が中間報告の準備をする為に、時間が要るので、漸時休憩。この時に会館の部屋へ帰ってこの原稿を書いている。 牛歩がないだけで、慎重審議の申入れに耐えて、持って回った記名の採決を今日だけで7回もした。 これも選挙前の忍耐か。これから、終了まで二時間程かかるかナ。 参議院の採決に押ボタンの施設が出来ているのに、この時ばかりは脚の具合の悪い人も与野党共に皆、堂々巡りを我慢してやっている。 ■会期末国会(H19.6.29) 6月23日閉会予定の通常国会は、国家公務員法の改正案(新人材バンクセンターの設置、各省庁毎での再就職斡旋廃止=天下り廃止)の参議院での審議時間不足を理由に12日間延長された。 7月5日が最終日となり、参議選も一週間予定よりずれて12日公示、29日投票になった。 見方によっては、23日までに、教育基本法改正による教育三法も、社保庁の改革案、年金の時効廃止案も政治資金規正法の改正案もみんな通ったという意見もあった。 以上の重要法案が後まわしの審議になり、国家公務員法の改正案のあおりを食ったとも言える。 これは衆議院が与党・絶対多数なので、参議院の議運、国対と運営のやり方が違うからだとも言われている。 衆議院での桜田委員長を席から引ずり下ろした民主党の委員への登院1ケ月停止の懲罰動議可決のお陰で、参議院で、同日粛々と採決予定で審議中の外交防衛委でのイラク特措法の採決と文科委での教育三法の採決が、即、野党の審議引延しにあい強行採決となり、本会議で、各々の委員長解任動議が出されて、記名で採決する事になった。以来ギスギスとした運営になっている。 国家公務員法の改正案は2ヶ月程前は審議未了かも知れない、参議選終了後改めて充分議論するかという雰囲気もあったのだけど、社保庁のこと、緑資源機構のこと、国交省の水門官製談合のことなどが、次々と発生して、これでは改革しなければならない、「まったなし」だという意見が出て来て、内閣委員会では緊張した議論が続いている。 今日は、内閣不信任案が出されそうなので、その時不信任案は衆議院で先議されるので、その間参議院は止まるし、開会しても、総理への問責決議、柳沢大臣への問責決議、厚労委員長への解任決議が出されて次々と動議、趣旨説明、反対討論、賛成討論が延々と続いて、明朝3時か、5時か、9時に終わるのかという話が出ている。 ■社保庁解体案と年金時効撤廃案について(H19.6.28) 参議院議員の選挙が近づいて来た所へ突然、年金5000万件の行方の話が出て来て参議院選の争点になった。 いままで何故もっと早くこの話が出なかったのか。この資料の出所はどこなのか。詮索しても仕方がないけど、三年前の参議選の年金の事を想い出すと、また「柳の下にどじょうが居た」とやって来たかと思いたくなる。 厚生年金制度が出来たのは昭和17年、国民年金制度が出来たのは昭和36年、年金の基礎番号を一人ひとつにする事が始まったのは平成7年から8年にかけて、国民年金が市町村の事務から国の社会保険事務所へ移ったのが平成11年、12年、国民年金の未納が多くなったのは平成12年、13年からと見られているので、こんな年金の歴史を顧ると、幾つか考えさせられる事がある。 この議論は当初、例えて言えば、三階に居た子供が階段から落ちてケガをしているのに、子供の為に救急車を呼ぶべきなのにその前に、この階段を設計したのは平成7年の菅直人大臣だ、いや、この階段を作ったのは平成8年の大臣の小泉純一郎だと論争しているような所もあった。だから、民主党が悪い、自民党が悪いと言うことよりも、早く手を打たねばならない。 社保庁の労使間の仕事量の約束事も一般の事業所では、考えられない程のものだとも言えるけれど、この事態になると「お客様(国民)からの問合せを待って調査し応答するのではなしに、社保事務所側から、そして人員不足なら、社保労務士の方にもお願いして、国勢調査の様に役所から出向いて、お客様一人一人に納付状況を聞いて歩くのが当然でないか」 また、「問合せの電話台数をどんどん増やすだけが能では無かろう、一人一人の生年月日に合わせて、「1」の生まれの人は一日に「2」に生まれの人は二日の日に問合せをして貰うとか、皆の立場を考えて整理すべきでないか」とか、何故こんな発想がないのだろうか。こんな意見が僕達参議院自民党の同期二十日会の研修会で出された。 この十日間あまりの間に、社保庁の調査は調査として、総務省の行政評価局の組織を使って、とり合えず厚生労働省とは離れて、@何故、こうなったのか、原因は何かをつきとめて、明らかにする検証委員会を作った。そして、A総理の言われる国民の立場に立つ事を基本として、年金の納付状況と社保庁にある記録との違いを調整する第三者委員会をスタートさせた。 検証委員会は遅くとも秋口までに結論を出し、第三者委員会は七月中旬までに中央委員会で一定の基準を出して、同時に全国で都道府県に第三者委員会を立ち上げて国民の不安を除く働きをして貰う事とする。これの結論はしっかりと時間をかけねばならない。 いずれにしろ、年金というものの基本の考え方は、基礎年金の一部分は国が負担するので、国民年金の人も厚生年金の人も共済年金の人も、後輩が先輩に「ご苦労様でした。」「今日の社会の形成への感謝の気持」「現役が先輩への慰労」というのが基本でないかと思うのです。 厚生年金も共済年金も自分が払ったと言うけれど、本当は同額は会社、事業主が払っているから、自分では1/2しか払っていない事を考え、その時々の会社、役所もそれなりにその時代時代に社会の発展の為に貢献して来たのだと思わねばならないのでなかろうか。 皆で感謝の気持ちを持って、給付を受ける権利の主張も大切だけれども、それだけでなしにゆとりと社会への思いやりのある仕組み、雰囲気のある結着になるように頑張りたいと思う。 義理、信義、人情、恩義、謙虚、自然神仏への畏れ、そんな事に大きな価値があり、大切なものだと考える社会が大切なのだと思う。 |
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