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■えびすレポート2005.No7(平成17年11月)
■18年度の予算編成と政調会部会など(H17.11.30 ) 今日は、党本部で、予算等合同会議がありました。 昨日は、一日がかりで、税制調査会小委員会がありました。 ここ連日は、道路、土政、農業、漁業、三位一体、全国議長会、全国町村会等の大会がNHKホール、砂防会館等を使って開かれています。 同一時間の事がありますので秘書の方と手分して出席しています。 本格的な税制の話は一週間程あとでしょうが、大きなものはもう、官邸と経済財政諮問会議で決っているような気がします。 私はかりでなく、他の仲間も、一寸空しい気がするなあと言っています。 1. 政府系金融機関の統合も一つになる方向で各々の機能を残す事で結着。 2. 三位一体の義務教育費も小中学校の先生の給与の国の持ち分を今年の中学校 1/2 → 1/4 を小中全体の 1/3 で、8500億を捻出で落し所を見つけた。 3. 道路財源も余裕があるのなら、暫定税率を下げろと言う意見があるけれど、恐らく余裕の出た分だけ少し一般財源化の方向にならざるを得ないのでないかと思われる。 4. 高齢者向けかと思われる生活保護費の地方持ちを止めて、児童手当の分を地方へまわすのでないか。少子化の傾向を考えるとなかなか知恵者がいる者だと思う。 次々と官邸主導もしくは経済財政諮問会議で決まっていくなあと思う。 因みに、メンバーは 議長 小泉純一郎 総理 議員 安倍 晋三 官房長官 〃 谷垣 禎一 財務大臣 〃 竹中 平蔵 総務大臣 〃 与謝野 馨 経済財政担当大臣 〃 二階 俊博 経済産業大臣 〃 福井 俊彦 日銀総裁 〃 牛尾 治朗 ウシオ電機会長 〃 奥田 硯 トヨタ自動車会長 〃 吉川 淳 東 京 大教授 〃 本間 正明 大阪大教授 です。 ■南部アフリカ訪問( H17.11.23 ) 11月6日、12時35分富山発で羽田へ出てから、直接成田へ。16時に空港で集まって、17時45分JALで香港へ。 そして南アフリカ国のヨハネスブルグへ7日の朝7時に着いた。日本との時差7時間遅れ。 ずーっと夜中でBクラスのシートだったけど身体を伸ばす事が出来て比較的眠る事が出来た。 3時間のトランジットでタンザニア国のダルエスサラームへ着いたのは14時30分。ここの空港で、ケニアへ先発された矢野団長(参院国対委員長)と一緒になった。 このあと大使館の出迎えを受けて、公邸でムカバ大統領やキクウエテ外務大臣との会議などが続いた。JICAの関係者、邦人関係者との会合もあった。 タンザニア、マダガスカル、ナミビア、アンゴラと二泊づつ程で廻り、各々の国で大使会員や首相、議会の代表者と懇談会が設定されていた。 日本の国連常任理事国入りと、ODAの有償、無償、有利子、無利子の援助の話がどの国でも行なわれた。 アフリカユニオン53ケ国で二ケ国が常任理事国入りを要求している事は初めて判った。日本がアジアを代表して常任理事国入りするのは反対しないという態度を示された所が沢山あり、外交辞令としても、なかなか難しい事だなあと思った。 立派なホテルに泊ったのだがどこの国でも部屋に蚊がいて、テーブルの下にもいて、いつの間にか刺されているような気がした。 蚊が居る事は、いかにその国の首都が綺麗に出来ていても衛生的にはまだまだ、日本の終戦直後の様な感じかと思う。鉄や宝石や石油など資源はあるのだが富める人と貧しい人との差が大きいのと、部族間の調整もあり、なかなか、難しいなあと思った。まだまだ未開の地下資源はあると思われるので、将来性はあるのだが、やっぱり教育か。 最後の都市ケープタウン、喜望峰は、予想以上に凄い所で、ロマンがあり、感情の残る所でした。 ブラジルへ移民された方々の乗った笠戸丸もここからサンパウロへ行ったし、マゼランもここを通り、ロシアのバルチック艦隊もここを通ったのだなあなど思うと歴史の街で、三年前のアパルトヘイトを考えると南アフリカ国のこれからの原点の街だと思った。 シーサイドレストラン、ホテルなどの賑いはすばらしいものがあり、ヨーロッパ各国の観光地になっているようでした。 私達は各国、政府、国会の要人との会談の日程がきつく、あまり観光の余裕のない凄い旅でした。 なかなか行けない所へ行って来た感じです。一行は途中からの参加者を含めて7名でした。 ■臨時党大会( H17.11.23 ) 昨日は、立党50周年の臨時党大会があり、出席した。昭和30年に保守合同で自由民主党が出来てから50年。 富山県でもいろんな事があったなあとこの半世紀で、私の知る限りの想い出にひたった。 歴代県連会長は、最初の顧問は石坂豊一先生。初代会長、正力松太郎先生。二代目、松村謙三先生。次は、舘哲二先生、そして、内藤隆先生、鍛冶良作先生、橘直治先生、吉田実先生、綿貫民輔先生、へと続いて、今日に至っている。 他に同時代同世代で活躍された印象深い国会議員の先生方が沢山居られて、この日があるなあと思った。 綿貫先生が今年の8月の政変でこの席に居られないのは淋しい。 立党50年の式典と言っても、従来の党大会の方式と特別は変らず、党本部主導の大会で仕方がないのかナ。自民党は本来、地方からの一人一人の党費、もしくは代議士を支えるファンの方々や先輩で形成されて来た事を考えるべきでないか。と思った。「83名の衆議院の新人の誕生」「新たな挑戦」「未来指向」 。それも大切な事だが、今日まで流された汗と涙の地方や先輩、先達の方々への敬い、感謝の心も、更に表現されるべきであったのではなかろうか。 県連会長の長勢先生の隣に座りながら県連の幹部の方々と一緒にそんな事を考えた。 この日は2時から治水大会が砂防会館であったので、野上先生の車に一緒に乗せてもらって、東京プリンスホテルから会館へ戻った。 |
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