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■えびすレポート2005.No6(平成17年8月〜10月)
■渡辺辰男前県議の死去( H17.10.25 ) 9月総選挙のあと、検査入院のつもりで厚生連高岡病院に入った渡辺さんが、あっと言う間に亡くなった。 入院されてから数回お見舞いに伺ったが、衰えて行く速度の早さに驚いた。 10月20日午前10時に会ったのが最後。 10月22日、長男の守人氏から友人として弔辞を頼むと言われて、了解した。 24日11時からの葬儀に綿貫先生の次に謹んで弔辞を読ませていただいた。以下はその全文です。 <弔 辞> 渡辺辰男さんに友人の一人として弔辞を述べる事になりました。 こんなに早く、この時が来ようとは一ヶ月程前、想像もしていませんでした。 9月9日の夜、満員の 高岡市 の市民ホールのステージに一緒に並んで座っていた事が夢のようです。 10月21日午前11時10分、参議院の本会議が終り、次の選挙制度の委員会へ行く廊下の中でマナーモードの電話が震えました。11時16分でした。守人さんの声で「今、11時7分に父が亡くなりました。いろいろお世話になりました。」と言われました。早いなあ。昨日の朝会った時握手したら手に力があったし、一緒にいた中沖前知事に笑顔も見せておられたので、まだまだ大丈夫と思って、午後から東京で綿貫先生にその様に報告したのに、駄目だったか。と思いました。 つめたいしめった淋しい空気が全身をとり囲んだ感じです。次の委員会の1時間10分は深く腰かけて、渡辺氏の事をいろいろ思いました。もう「夜の遅い渡辺で―す。」と言ってかかって来る電話の声はきけなくなりました。 30年前、昭和50年4月一緒に県議に当選させて貰ってから、ずーと隣の席でいろんな事を相談し、一緒に自民党県連の役員もし、議会の役員も次々と貴方のあとをさせて貰い、あたかも、二人セットで綿貫先生や中沖前知事にいろんな事を教えて貰いながら、党や県の組織の一部を支えて来たような気がします。 一緒に、カナダへもタイへもバングラディッシュとベトナムへもスイスへもエジプトへも沢山旅行し、視察に行き、お世話になってありがとうございました。 そして、アシアナ航空ソウル便の誘致の時も、ボーイスカウトの日本ジャンボリーの視察も一緒でした。 渡辺さん独特のスマートでオシャレな気遣いに感心させられた事が何度もありました。 ゴルフのマナーも、食事の味わい方も、研ぎ澄まされたセンスの良さを持って居られました。 本当に思いやりのある自分を押えて、纏めて行く、立派な手法の方でした。 10年前、衆議院の選挙制度が小選挙比例並立制になって、最初の平成8年10月の選挙の時、綿貫陣営本体は宮本弥生さんが本部長で、渡辺さんと私が、同日施行の知事選の選対にまわって、 富山市 内で長勢先生の心配をするように、綿貫先生に言われて、二人で市内を歩きまわった事。 自由民主会館を建てた時、渡辺さんと二人で北銀の会長と頭取の所へお金を借りに行った事。その後で、渡辺さんが、「河合、お前が幹事長の時、綿貫先生の力を最大限に発揮して貰って、借金を早く返済しよう。俺も努力するから。」と言われて、東京へ行って先生と段取りした事も凄い想い出です。 本当に、次々と教えて貰った事や、仕事をした事、皆で楽しい思いをした事が走馬灯のように浮かんで来ます。 ありがとうございました。 渡辺さん、あとは守人氏はじめお子様達が、奥様を守り、会社でも政治でも貴方の意思を継いで、立派に活躍なさると信じます。 私も貴方の期待に応える様に一生懸命頑張ります。 どうか安らかにお眠り下さい。 ご苦労様でした。お世話になりました。 さようなら 合掌 平成17年10月24日 ■郵政民営化六法案の採決( H17.10.14 ) 二、三日前から国対委員会で今度は郵政法案に賛成できるか否か、前に反対したり、欠席した人に再確認の作業が始まった。 私は、今度は賛成すると答えた。 前の法案より、 6ヶ月施行が遅くなった事。一番最初の竹中担当大臣の発言などと前と比べると随分、地方を大切に扱うようになった事などがあり、選挙の結果も尊重して、地元の役員や県議の云う通りにしようと思った。 先日、衆議院採決の時綿貫先生は最後まで反対すると言われた。小泉総理の手法に反対で男子の本懐だと言われる。 日本がファッショ化しないよう最後まで頑張る。みんなが権力にコビるとドイツのヒットラー、イギリスのロイトジョージの時のようになって大変な事になる。残念な社会になると言われる。 私は、苦しいけれど、地元の事も考えて距離を置きながら、中庸を行こうと思う。この時は冷静に冷静に皆が熱くなっている政権から一歩下って歩くべきでないか。日本の良心、世論は必ず改革を求めながら、ゆり戻しをさせるのでないかと思う。 参議院での投票の結果は賛成134票対100票で34票の差で可決。 亀井静香さんの兄の郁夫さんだけ棄権で他は皆賛成になった。 この投票の前に、8月8日に反対又は欠席した人はすべて、自発的に、議会の役を降りられた。亀井郁夫さんだけ「処分は処分」と割り切って居られた様だ。なかなかこの世界は難しい。 執行部もこのなみ合いが大変だと思う。 これから平成18年度の予算案作りに入り、義務教育費国庫負担の事、社会保障なかでも医療費の事、農政の骨格作りの事、など党内に意見の分れている大物案件があり、この調整が大変難しいと予想される。よく考えて頑張りたい。 ■参議院代表質問( H17.9.29 ) 解散後の国会が始まり、今日は参議院で自民党の片山幹事長の代表質問があった。 中味は、総選挙勝利への総括と、新しい前原民主党党首への歓迎と、今後の1年後の道筋を前語りで表明されました。 更に、郵政民営化法案について、前の国会での政府答弁の確認と、更なる4点の要望でした。前の時よりも判りやすくさすがだナと思うものでした。 ・郵便局のネットワークの維持を法令で義務づける事。 ・郵便貯金、簡易保険の金融サービスを過疎地でも従来通り提供される事。その確保と三年毎に見直すこと。 ・三年毎の見直しは経営状態のあり方を含めた郵政民営化に関する全ての事項を対象にすること。 ・参議院での委員会の附帯決議を最大限尊重すること。 更に、貯金、保険、郵便三事業一体のグループ経営が可能となるようにすべきでないか。ネットワークの維持が困難になり、利用者の利便性が低下する場合は見直し条項を発動し、経営形態の修正もすべきである。4分社化では新たに税が発生するが、経過措置として減免も要るのでないか。更に新規事業への進出も考えるべきでないか。等でした。 その他、憲法の改正、三位一体改革、公務員制度改革、政策金融改革、社会保障制度改革、景気対策、税制などについて所見をまじえて質問されました。 平旨な言葉で整理された非常に賛同しやすいわが意を得た代表質問でした。 ■総選挙直後の事( H17.9.23 ) 9月17日、18日、19日、この連休中二日半かけて、県議会議員の自宅を巡った。 「総選挙の時の私の行動について。郵政民営化法案の扱いについて。」 事情を説明し、是非、立場を判って貰いたいと思ったのと、こんな酷い政治状況はあまりないのでないか。こんな時、どうすれば、皆の了解を得る事が出来るのか。きっと何人かの方々と話をすれば、答えが見付かるのではないか。と思った。 前もってアポイントを取ってなかったので、留守の人もあったけど、70%から80%の人に会えて、話が出来て、考えも聞かせてもらえたので、自分なりに決心がついて、良かったと思った。 8月9日から8月17日の間の青木先生と綿貫先生の話。青木先生に僕の立場を話してあるけれど、「態々、選挙中に沢山の人にそんな事を言うものでない。」と言われた事。大人の話として、各々の立場を理解すべきだと教えて貰った事。 その上で、皆からは、総選挙の結果が全国的に明確に民営化賛成と出たのでないか。その世論に素直に従って欲しいと言われた事。 こんな事をそれぞれの立場でニュアンスは少しずつ違ってはいたが、話をきけて、気持ちを落着ける事が出来た。 力示さんからは「君を信頼する。君の好きなように判断して、行動して貰いたい。私は注文つけないヨ。あんた俺に聞くだけヤボなもんだよ」と電話をいただいた。千田さんは「世論にそって頑張って呉れ、それで良いよ、ご苦労さん」と言っていただいた。病床に居られた渡辺辰男さんからは「皆の所をまわって来たのか。気苦労するナア。任すわナ。」と反対に労って貰いました。 溝口南砺市長には親身の相談をいただき「自民党に残れ」と言われました。安念砺波市長には直ぐに会えなかったけれど、昨日のマスターズの大会のパーティーの時「河合君、苦汁の選択だったナ」と言われ、「よろしく」としか言えなかった。でもニコニコして居られたので仕方なく立場を判ってもらえたかと思った。 郵便局の特定局長会や大樹の会の代表の方からは「ご苦労さんでした。ありがとうございました。総選挙のこの結果は仕方ありません。それにそって判断して行動して下さい。」と言われ、少し気が軽くなった。 一昨日、自民党の両議院総会は、いつもと違う衆議院の別館5Fの大ホールだったけれど、入り切れない程の人で一杯。その中で森喜朗先生に偶然に会って、挨拶したら、グッと手を握り「ご苦労さん。大変だったな。よくやったヨ。苦しかったろう。」と労っていただいた。 「あ〜、判っていて下さっていたのだナ。」 有難いと思った。 ■新党結成( H17.8.18 ) 一昨日、福野高校の同窓会総会に一寸顔を出し、始まる前に先輩各位と最近のいろいろな話をして来た。 総会が始まって漸くしたら、ポケットの電話が鳴った。廊下へ出て何かと思ったら東京の綿貫先生から。 早速家へ帰る。途中で数名の県議に電話して、家に来て貰った。 先生の東京での状況を話する。新党を作って、綿貫先生に親方になって呉れと言われているらしい。 同志が何人居るのだろうか。誰と誰なのだろうか。 その時の数名の県議達との話では「無所属で自民党籍もって出馬して欲しい。」「新党はだめでないか。」「いや、そんな事を言っても綿貫先生のしたいようにするのが筋でないか。皆で付いて行けばいいのでないか。」 なかなか意見がまとまらず、それでも、無所属でないと大変だぞ、と言う事を先生に伝えようという事にして別れた。 何となく、胸さわぎがする。こんな出馬の型を数名だけで打合わせして中途半端な事をして良いのかと思う。なかなか寝付けない。 17日は朝5時に眼が覚めて、いろいろ考えた。6時に渡辺辰男さんに、そして、上田信雅さんにTELして「直ぐ今朝集まりたい。後援会長19名と業種別後援会長、県議に連絡すれば如何か。」と言った。「それは大事な事だ。直ぐ集まろう。」と賛同を得て、秘書の川嶋愛正氏に連絡した。 「9時丁度高岡へ、 1時間だけ。」 自宅に居られない綿貫先生の居場所を何とか見付けた。何があっても直ぐ電話連絡は出来るように手配した。 9時に高岡へ皆心配して集まっていただいた。約40名程か。事情を説明すると全員が無所属での出馬を発言し、強い要請をされた。立場を先生に任せて、皆で心を一つにしようと言っても纏まらない。困った。その通りを先生に伝える。 先生も非常に淋しい気持ちになられたようだ。 10時に会合を終り、11時からの福野でのTSTの放送開始15年目の祝賀会に出席すべく高岡から車で走る。 10時45分。車の中へ綿貫先生から、本当に淋しい決意の電話があった。「一寸待って欲しい。態度保留にして欲しい。あらためて話をする。」事にして、会場のアミューへ。まず井波の前町長清都現助役に話をし、相談したい。 アミューに着いたけど清都氏居ない。上田信雅県議にだけ話をする。 上田氏驚く。「皆に言うな。」と釘を打つ。しかし、上田氏は集まった県議に別室で話をしたらしい。 祝賀会の時間が来たので、社長として想い出も含めて開会の挨拶をする。 安念市長、溝口市長が来て居られるが、まだ清都助役の顔が見えない。 せめて、県議と市長お二人とで話をする事とする。バラバラに別室へ行く。 安念市長は「綿貫先生がどんな党で出馬されようと私は応援する」と言われた。溝口市長も「同感。」清都氏の顔がようやく見えた。これだけのメンバーで決めたのは「それでは清都氏と私の二人で今日の話を綿貫先生に今から上京して伝えに行こう。」と言う事。何くわぬ顔をして各々パーティー会場へ入った。この時12時。飛行機は4時の便でないと切符が取れないらしい。仕方ない。 羽田へ着いた。車の中へ、5時からの南砺市の自民党の役員会の様子が清都氏の携帯TELに入った。 「綿貫先生がどんな立場であろうと皆で心を一つにして頑張る事を決めた。」と言う。 6時半、砂防会館の綿貫事務所で先生と会えた。 「今日、先程4時半に記者会見して国民新党を建上げて、その代表者になった。」と言われた。 僕等は何も言う事は出来なかった。 「判った。南砺市の自民党の役員、いや、南砺市の政治。綿貫先生の応援者の役員は全部、先生がどんな立場でも頑張ると言っている。」と応えた。先生は「堺屋太一氏やいろんな方々から応援すると言われている。」と言う。 先生の顔はフッ切れたような顔だ。私は「先生を応援するけど、自民党に残りたい」と言うと、「それは、そうだ。今日、青木さんとも話した。青木さんからも河合君を連れて行って呉れるなと頼まれた。君は自民党に残れよ。」と言われてホットした。 「いろいろ考えたし、新党を作るのに一番悩んだ事は10年前の石川県の県連のように県議会が二つに割れて、今だに修復出来ない事だヨ。私は、地方組織を作らないから。それが富山県の為だと思う。それを考えて、選挙を進めて貰いたい。頼むぞ。」 と言われた。 綿貫先生の自民党県連を非常に大切に思う心をみんな判るだろうか。これからが戦いだと思った。 「明日、早く帰ろう。」と綿貫先生の奥さんと清都氏と食事をしながら次の展開をいろいろ考えた。 ■解散( H17.8.9 ) 昨日は、17票差で郵政民営化法案が参議院で否決されたら衆議院が解散となった。 止むを得ない。 9月4日から参議院派遣で東ヨーロッパへ一週間出張の予定もなくなり、即選挙体制に入る。 10時に綿貫先生の事務所へ行く。先生と選挙対策の大枠の打合せをする。 第三選挙区支部は無くなるという事だ。 現状では公認して呉れないだろうから無所属で出馬せざるを得ない事。 「無所属の会」という政治団体でも作らないと全国的に見て比例区で出馬を決意している先生方の立場がないのでないかという心配の事。 10年前の中選挙区制と同様な選挙になるのでなかろうか。 相手方は誰と誰だろうか、など。14時55分羽田発の便で帰り、高岡の綿貫事務所へ寄り、渡辺辰男氏等と打合せをした。 身振いするような感じだ。 どんな順番で挨拶廻りをし、状況説明をするか。いつのタイミングでどんな規模の会合を計画するか走りながら準備しなければならん。 ■郵政民営化法案採決前夜( H17.8.7 ) いよいよ明日、連日マスコミの報道の材料になり、7月5日衆議院で五票差で可決になった郵政民営化法案が我々の参議院で議決される。 参議院自民党の内で何名が反対に投票するのか。マスコミだけでなく、我々にもすごく気になる。大差で否決なら、解散でなくて総辞職か、僅差なら解散でないか。参議院での政府案の否決で解散は憲法違反でないか、等といろいろ取沙汰されている。 我々一人一人について、テレビ、新聞の記者達が跡を追いかけて、宿舎まで来るので、皆で別の所へ泊まることにした。 参議院平成研の一年生五名で長谷川憲正さんにホテルを予約して貰う。 平成研一年生といっても各々「賛成」「棄権」「反対」と投票行動は異なるが、各々の立場を理解し合い、友情が壊れないように、各々の考え方、環境を思いやり、夕食を共にしながら一杯飲んだら少し気が楽になった。 情報では明日、否決されるのは確実のようだ。10票から20票の票の間か。 いろいろな見方がある。 いろいろな見方がある事は、従来の派閥でなかなかカウント出来なくなっていると言う事か。 |
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