![]() |
![]() |
|
||
中学生の時 中学校に入ると町部と村部が一緒になり、いっぺんに6クラスになりました。
野球部と文芸部があり、絵や習字の先生は今考えると一流のすごい先生達だったなあと思います。身体が小さかったけれど、何とかして誇りのある野球部に入れて貰い、苦しい、愉しい3年間でした。
沢山の同級生が大阪や京都へ就職した時代でしたので、3年生の時、呉服店の息子は進学しなくて良いと、祖父と父に言われ、悲しい思いをしました。 当時3年生の学年主任の岩田先生(現城端町長の父)が父に、砺波高校の商業科なら、いいのでないかと言って貰い、漸く進学出来る事になりました。父の商業科ならのOKで祖父も納得した所へ願書〆切り2日前に、当時、野球部の監督をしていた荒井先生(故人、後の城端町教育長)が、「昔の砺波中学卒業生でも、呉服店をしている人がいくらでも居るから、福野高校の普通科へ出せばどうか」と、父を説得してくれました。 急遽、福野高校の普通科へ願書を出す事にし、やっと高校へ進学出来ました。 3年生の時は担任の先生だけでなく、沢山の先生方に世話になりました。そのご指導は今も続いています。 |
かわい常則後援会事務所 略地図 Copyright(C)2004. TSUNENORI KAWAI. All Rights Resrved. |